Nihilismus

SOKO NASHI NUMA

批判する前に考えて欲しい「その選択、果たしてアイドル本人がしたものだろうか」

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以前、Twitterに書いたことを頭の整理も兼ねてアウトプットしておきたいなと思って。

誰に向ける訳でもない、私自身の整理整頓。

 

 

アイドルの髪型や衣装が問題になる時(その多くは「文化の盗用」が指摘されている)、本人が120%の意思で選択したかのような前提で論じられていることにいつもモヤモヤしていて。その他の場面でも、色々と「アイドルが選択した」ことになっている事がずっと気になっていました。

 

「アイドルが選択した」という前提の下で議論が進むと、自然とバッシングの対象はそれを着せたスタイリスト、GOサインを出した会社ではなく、アイドル自身になるんですよね。「対象を誤った批判」はもう誹謗中傷と言っても良いのではないかと。

 

最近はずっと自由にはなったと思いますが、どこかの事務所に所属している以上、アイドルたちには会社の意向が働いている訳で。ヘアスタイル、ファッションその他色々。ちなみに、推しの瞳の中にホクロがあって(私はチャームポイントぐらいに思っていた)、本人も特別気にしている様子はなかったのですが、会社から話があって取ったんですよね。

 

仕事の延長でTwitterのトレンドをよくチェックしているのですが、先日のジャニーズJr.の配信時のトレンドワードをなんとなく見ていた時にふとこの感覚を思い出して、思考がまとまっていなくてもアウトプットしておきたいなと思ったんです。

 

この一件を踏まえたラウール君の連載も読んだのですが…絶句した、というのが正しいのかもしれない。演者にそれを言わせてしまうのか、と。それと同時にそういう言葉を発信できるようになってきたのか、とその点は安心したり。

 

攻撃的な内容を読んでいると、まるで彼の意思でその場に存在し、出演したかのように捉えている人も多いなと感じたのが正直なところ。

 

アイドルには会社の意思というものが働いているのが現状であり、アイドルはボランティアではなく職業。商売。会社は儲けを生み出す必要がある。この大前提がすっかり抜けてしまって議論になっている事が最近多いような気がして、その度に非常にモヤモヤしていたのです。

 

今回、何か問題提起をしたかった訳でもないですし、解決策を示している訳でもない。ただ、(過度とも言える)批判の矛先がアイドル自身に向かい、本来感じる必要のない甚大なストレスをアイドルが抱えているという現状が辛い。アイドルをはじめとする演者にはただ自分のパフォーマンスだけに集中してもらい、余計なストレスは一切排除される。そんな「アイドル、アーティスト、演者ファースト」な世の中になることを願うのみです。