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「JO1」が日本の男性アイドルの立ち位置を変えるかもしれない~ファッションの視点から~

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1月29日、『PRODUCE 101 JAPAN』から誕生したJO1が「ルイ・ヴィトン メゾン 大阪御堂筋」のオープニングイベントに出席しました。

 

 

このイベントを受けてTwitterでも少し触れたのですが、個人的にこれはかなり大きな、意味のあるお仕事だったと思っています。

 

というのも、普段からこのブログを読んで下さっている方には「もうしつこいよ!」と言われそうですが、私は日本のアイドルにもっとファッション界…特にデザイナーズブランド、四大ファッションウィークで発表するようなブランドと関わりを持ってほしいと思っていて。

 

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このように主にジャニーズ事務所に所属するアイドルを例に色々と書いてきました。メンバー全員が「Saint Laurent」を着たキンプリや、山Pのパリコレ出席にジャニーズ事務所の大きな変化を感じ始めていた所に飛び込んできたこのJO1のニュース。

 

正直、今後ファッション界…特に今回のルイ・ヴィトンのような世界的ブランドに大きく関わっていくことを望める日本のアイドルはジャニーズ事務所のアイドルだけだと思っていました。そんな考えをJO1が非常に気持ち良く、一瞬で壊していってくれました。ジャニーズではない日本のアイドルが日本のアイドルの立ち位置を変えていってくれるかもしれないと。

それ程このイベントへの出席は今までになかった新鮮で大きな出来事だと思っています。

 

少し冷静になってみると、あくまでこれは「日本のルイ・ヴィトン」での話。JO1が目指す「グローバル」には正直なところ、まだまだ長い道のりが待っています。最近、ストリート色が弱くなってきているヴァージル・アブローの服をストリートに消化したことも、日本人の体格的に欧米ブランドのコレクションラインを「着こなす」ことが難しく、どうしもこうなってしまうことは重々承知しています。が、今回は「着た」ことに注目したい。

 

あと、洋服というものを自分をより魅力的に見せるアイテムとして利用する力は最終的にアイドル本人のセンス次第ですが、その洋服を用意したり選択肢を増やしたりするのは周りの大人の力。ドルヲタってあらゆる分野に精通した人材が揃っているので、運営側はほんと気が抜けないですよね。

 

私が「日本のアイドルにも韓国や中国のアイドルのようにもっとファッションシーンに出て行って欲しい、四大ファッションウィークに出席して欲しい」と書いた時、“日本では全身高価な洋服に身を包んだアイドルは求められていないのかもしれない”といった意見を目にしました。その声が意図することは理解出来ます。

 

日本ではアイドルを『成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物』と定義した研究者がいるように、未熟な部分も含めて愛されるような存在という傾向があるように思います。どちらかと言えば「完璧」が求められる韓国や中国とは求められるアイドル像が異なってきたのです。これは「何故韓国や中国のアイドルはファッションウィークに出席するのに日本のアイドルは出来ないのか」の答えに繋がる部分でもあると思っています。

 

「そのダサさが良い」なんていうのも見かけましたが、大前提として「カッコいい」が存在して初めて時折見せるダサさや懐かしさの「良い」が成立するのだと思う。全てがダサくて生き残っているアイドルなんて、さすがに比較的息が長い日本でも存在しないでしょう。

 

そもそも日本の男性アイドル市場は競争も少なく、淘汰される部分が少なかったと言えるかもしれない。寡占、いや独占状態だと言う人もいるかもしれない。そんな状態だった日本のアイドル界の風通しを良くする…いやそれよりもずっと強い風を巻き起こす可能性をJO1に感じました。

 

話は大きく飛躍してしまいましたが、2020年は日本のアイドルにとって間違いなく変化の1年になる。そんなことを私が大好きなファッション面から日々こうして感じているのです。変化を恐れる人も多いけれど、私にとって変化は喜びや楽しみでしかない。

 

「脱皮できない蛇は滅びる。意見を脱皮してゆくことを妨げられた精神も同じことである」―フリードリヒ・ニーチェ「曙光(Morgenröte)」